2005年12月11日

京都 壬生寺をまわる3

壬生寺正面綾小路、千本、仏光寺、坊城の通に囲まれ、広大な境内を持つ壬生寺壬生狂言節分の豆まき有名だが、新選組ゆかりの寺としても有名なところ。
 新選組は、記録によると毎月4と9のつく日を壬生寺境内での兵法訓練の日にしていた。訓練では、壬生寺のすべての門を閉じて参拝者を締め出し、禁じられていた馬での境内への乗り入れを行い、大砲を発射もし
壬生寺ていたとか。 
御朱印 このような状況のため寺が西本願寺屯所にまで出向き、再三にわたる申し出をしたが改善されないために、参拝者は減り大砲の振動で寺各所の屋根瓦や戸障子が破損したという。
 又、沖田総司が壬生寺の境内で近所の子供達と遊んでいたという話も有名だ。
 坊城通の門を入った右手には新選組隊士の墓「壬生塚」があ
百度石百度石説明る。一番目を引くのが一番奥の近藤勇像。口を真一文字に結び威厳を感じさせる。
 八木邸で暗殺された芹沢鴨平山五郎などの墓がある。少し小振りの芹沢らの墓は他の墓石に比べて新し
近藤勇は口を真一文字芹沢鴨はひっそりとい。
  仏塔のような異国を思わせる風景に目をひかれた。よく見ると仏塔の側面には石仏がいっぱい並んでいるではないか。これは区画整理の際に京都市内中から集められ納められた仏像で作られた「千体仏塔」である
。実に見応えがある。            千体仏塔   


 

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astroboyatom2005 at 05:30│Comments(2)TrackBack(0)わたしの京都 

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この記事へのコメント

1. Posted by Dragon Tats Gallery   2006年06月21日 18:36
5 But I'm not sure why :)
2. Posted by Gamy Couture Necklace   2006年08月22日 10:05
5 Thanks. Updated appropriately :(

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